火災保険は「一度入ったら、そのまま」になりがちな保険です。ですが、ここ数年で建物を建て直すのにかかる費用は大きく上がっています。保険金額を昔のまま据え置いていると、火事や自然災害でいざ保険金を受け取るとき、「思ったより出なかった」ということが起こり得ます。この記事では、なぜ今その点検が必要なのか、保険金が足りなくなる「過少保険」とはどういう状態か、そしてリスクファイナンス(リスクへの財務的な備え)の視点からどう見直せばよいのかを、専門用語をかみ砕いて整理します。

なぜ今「保険金額の見直し」なのか ― 建て直す費用が上がっている

火災保険の建物の保険金額は、本来「その建物を今もう一度建て直したら、いくらかかるか」に合わせて決めるものです。ところが、この“建て直す費用”そのものが、近年はっきりと上昇しています。

国土交通省が毎月公表している「建設工事費デフレーター」(建設にかかる費用の水準を示す指標)を、2015年度を100とした系列でみると、建築総合の指数は2024年時点でおおむね130前後の水準にあり、2015年度に比べて約3割高くなっています。背景には、資材価格の上昇、人手不足による労務費の上昇、エネルギー・輸送コストの高止まり、そして2024年から本格化した建設業の働き方改革への対応コストなど、複数の要因が重なっています。今後の価格を断定できるものではありませんが、少なくとも現時点では高い水準が続いており、短期間で以前の水準に戻る前提で保険金額を考えるのは安全とはいえません。なお、この指標は基準年や対象系列によって数値が変わり、遡って改定されることもあるため、引用の際は最新の公表値を確認する必要があります。

石垣島や沖縄の離島では、資材の多くを海上輸送に頼るため、輸送費や調達条件が建築費に影響しやすいと言われます。全国平均の指数だけで自社の建物の「建て直す費用」を判断せず、地域の施工業者や保険会社による最新の評価を確認しておきたいところです。

「過少保険」とは ― 保険金額が建物の評価額に届いていない状態

ここで押さえておきたいのが「再調達価額(新価)」と「時価額」の違いです。日本損害保険協会の説明によれば、再調達価額とは、同じ構造・用途・規模の建物を今あらためて建て直す(買い直す)のに必要な金額のこと。時価額は、そこから経年劣化や使用による価値の目減り(減価)を差し引いた金額です。事業を続けるうえで本当に必要なのは、多くの場合「もう一度建て直せる」金額、つまり再調達価額をベースにした保険金額です。現在の契約は再調達価額を基準にしたものが一般的ですが、古い契約では時価額が基準になっていることもあります。

保険の世界では、契約している保険金額が「保険価額(=建物の評価額。再調達価額か時価額か、契約の評価基準によって決まります)」を下回っている状態を「一部保険」と呼びます。これがいわゆる過少保険です。建物の評価額そのものが建築費高騰で上がっているのに、保険金額を何年も前のまま据え置いていると、知らないうちに一部保険になっていることがあります。とくに、住宅ローンや事業用ローンの借入額に合わせて保険金額を決めたまま見直していないケースは要注意です。

いざという時、保険金はどう計算されるのか ― 実損払方式と比例てん補

現在販売されている火災保険は、再調達価額を基準とし、実際の損害額を保険金額の範囲内で支払う「実損払方式」が主流です。この方式では、保険金額が再調達価額を下回っていても、部分的な損害の保険金が必ず割合で減らされるわけではありません。ただし、支払いの上限はあくまで契約した保険金額です。そのため、全焼・全壊のような大きな損害では、保険金額が上限となり、実際の再建費用との差額を自社で負担することになります。過少保険のこわさは、この「上限が足りない」という点にあります。

一方、古い契約や一部の商品では、「比例てん補(ひれいてんぽ)」という計算方法がとられている場合があります。これは、保険金額と保険価額などの関係を約款所定の計算式に当てはめて保険金を求める仕組みで、部分的な損害でも支払額が実際の損害額より少なくなることがあります。たとえば、建て直すのに1億円かかる建物に保険金額を6,000万円しか設定していなかった場合、比例てん補が働く契約では支払いが目減りする可能性があります。ただし、計算式には「保険価額の80%」などを分母に用いる方式もあり、「保険金額が6割だから保険金も6割」と単純に決まるわけではありません。具体的な扱いは保険会社・商品・契約時期によって異なるため、まずは自分の証券や約款で「評価基準」と「支払方式」を確認することが第一歩になります。

リスクファイナンスから見た「適正な移転」という考え方

リスクファイナンスの中心は、①リスクを保険などで外に移す「移転」と、②手元資金などで自社が引き受ける「保有」の二つです(火災に強い建材にする、防火設備を整えるといった③軽減は、厳密にはリスクコントロールの領域で、実務ではこれら三つを組み合わせて考えます)。過少保険は、この①と②のバランスが意図せず崩れている状態と言えます。保険で移したつもりの部分が実は移しきれておらず、その差額を知らないうちに自社の手元資金(保有)で背負う形になっているのです。

逆に、建物の評価額以上に保険金額を高くする「超過保険」の場合、保険価額を超える部分については損害額を超える保険金を受け取れないため、結果として不要な保険料負担が生じる可能性があります。多すぎず少なすぎず、建物の評価額に合わせて保険金額を整えることが、リスク移転の基本です。どの程度が適正かは、建物の構造や築年数、契約条件、そして事業の状況によって変わりますので、一律の正解があるわけではありません。まずは現状を「見える化」することが出発点になります。

自社で書き出してみる4つの問い

  1. いまの建物の火災保険の保険金額は、何年前に設定したものか。その後、増改築、建物に定着する設備の新設、用途変更をしていないか。また、機械・設備・什器備品を別途適切に付保しているか。
  2. その保険金額の評価基準は「再調達価額(新価)」か「時価額」か。保険証券・契約内容のお知らせ・約款のどこを見れば分かるか。
  3. いま同じ建物を建て直すとおよそいくらか。代理店や保険仲立人に、最新の建築費水準での試算を頼んだことがあるか。
  4. 建物や設備を直す費用だけでなく、事業の休止によって生じる利益の減少や、休業中も発生する固定費などへの備えとして、休業損失補償や利益保険を検討しているか。

まとめ ― 「見直し」は増やすことではなく、実態に合わせること

住宅向けの火災保険については、損害保険料率算出機構が2023年6月に、住宅総合保険の参考純率(各社が保険料を計算するときの目安となる率)を全国平均で13.0%引き上げる改定を届け出ました。背景には自然災害リスクの増加、住宅の老朽化、資材費・労務費の上昇による修理費の高騰などがあります。ただし、これは住宅総合保険の参考純率であり、オフィスビルや工場などの企業向け火災保険の保険料が一律に同じ割合で上がることを意味するものではありません。また、参考純率はあくまで目安であり、契約者一人ひとりの保険料がどれだけ変わるかは、建物の所在地・構造・築年数などによって異なります。値上げ率を単純に足し合わせて不安になる必要はありません。

大切なのは、値上げの数字に振り回されることではなく、自社の建物の「今の建て直し費用」と「今の保険金額」がズレていないかを、実態に合わせて点検することです。保険金額の見直しは、必ずしも増やすことを意味しません。過少なら適正化し、過剰なら整理する。年に一度、あるいは契約更新のタイミングや大きな設備投資の後に一度、証券を開いて確かめる。その習慣そのものが、いざという時に会社を守る足場になります。答えは会社ごとに違いますが、確かめる問いは今日から持てます。

参考資料

  • 国土交通省「建設工事費デフレーター」 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/jouhouka/sosei_jouhouka_tk4_000112.html
  • 政府統計の総合窓口(e-Stat)「建設工事費デフレーター」 https://www.e-stat.go.jp/stat-search?iroha=9&toukei=00600270
  • 損害保険料率算出機構「火災保険参考純率」/「火災保険参考純率 改定のご案内(2023年6月)」 https://www.giroj.or.jp/ratemaking/fire/
  • 日本損害保険協会「損害保険Q&A(すまいの保険・火災保険)」 https://soudanguide.sonpo.or.jp/home/q055.html
  • 沖縄タイムス「住まい」建築費・住宅取得市況関連記事 https://sumai.okinawatimes.co.jp/

本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社・保険代理店・保険仲立人・税理士等の専門家にご相談ください。

当研究所では、リスクファイナンスの考え方に沿って、保険金額の点検や備えの整理についての初回相談をお受けしています。「うちの保険金額はいまのままで大丈夫だろうか」と気になった方は、お気軽にお声がけください。