損保の「買い方」が変わる ― 保険料調整問題などを受けた改正保険業法と、中小企業が知っておきたい「保険仲立人」という選択肢
「保険は、付き合いのある代理店にまとめてお任せ」——中小企業では、ごく自然なかたちだと思います。ただ近年、大手損害保険会社による企業向け保険の保険料調整行為(いわゆるカルテル問題)や、保険金の不正請求問題、大規模な代理店をめぐる問題などが相次いで明らかになりました。これらを受けて保険制度や監督のあり方が見直され、2025年8月には監督指針の一部改正が先行して適用され、改正保険業法と関連法令は2026年6月1日に施行されました。今回の見直しの柱のひとつが、「保険仲立人(保険ブローカー)」という、あまり知られていないプレーヤーの活用促進です。この記事では、何が起きて何が変わったのか、そして中小企業の「保険の買い方」にどう関わるのかを、リスクファイナンスの視点で噛み砕いて整理します。
そもそも何が問題になったのか
大きな契約では、複数の保険会社が1つの契約を分担して引き受ける「共同保険」という仕組みがよく使われます。リスクを分散するための、それ自体はまっとうな方法です。ところが、その保険料率などを保険会社どうしが事前にすり合わせていた事例が発覚しました。金融庁は2023年12月26日、大手損保4社に業務改善命令を出し(金融庁公表)、公正取引委員会は2024年10月31日、独占禁止法違反として排除措置命令・課徴金納付命令を出しています。課徴金は総額20億円を超えました(公正取引委員会公表)。
金融庁はこれらを一過性の不祥事としてではなく、業界の「構造的な課題」ととらえました。もともとは保険金の不正請求事案と保険料調整行為事案を受けて検討が始まり、その後に発覚した情報漏えい事案なども含めた一連の見直しです。有識者会議の報告書(2024年6月25日)に続き、金融審議会のワーキング・グループ報告書(2024年12月25日)が具体策をまとめ、これを踏まえた改正保険業法が2025年5月30日に成立、2026年6月1日に施行されています(金融庁公表)。
「保険仲立人」とは何者か
ここで登場するのが保険仲立人です。ふだん私たちが接する「保険代理店」は、保険会社から委託を受け、保険契約の締結の代理または媒介を行う立場です。これに対して保険仲立人(保険ブローカー)は、顧客から委託を受け、保険会社から独立した立場で、リスクを分析し、その顧客にふさわしい保険を設計・提案する立場です。保険業法は仲立人に「誠実義務」を課しており(保険業法第299条)、顧客のために誠実に契約の媒介を行うことが求められます。特定の保険会社から募集の委託を受ける立場ではなく、自らが取り扱い、または知り得る保険商品の中から、必要に応じて複数社を比較し、顧客に適すると考える保険とその理由を説明する立場です(市場のすべての商品を必ず扱えるわけではありません)。保険という手段が適切でなければ、保険以外の備え方を提案することもあります(ただし、リスク分析や保険以外の対策まで扱うかどうかは、各仲立人の業務範囲や専門性によって異なります)。
1996年の制度創設以来、この保険仲立人は十分に広がってきたとはいえません。金融審議会の報告書によれば、登録事業者数は63社(2024年10月時点)、損害保険の取扱保険料に占めるシェアは2023年度で0.9%にとどまっています。一方、損害保険の募集は代理店扱いが保険料ベースで9割以上を占めており、保険仲立人はまだ限られたチャネルです(金融審議会WG報告書・資料)。
一連の法令・監督指針の見直しで、何が変わったのか
保険仲立人をめぐる見直しは、時期と根拠が2つに分かれます。ひとつは2025年8月28日に先行して適用された監督指針の改正(手数料の受領方法など)、もうひとつは2026年6月1日に施行・適用された改正保険業法・政令・府令および監督指針(保証金の引下げ、代理店との協業ルール、不祥事件の届出義務など)です。主な内容は次のとおりです。
- 企業向け保険の手数料受領方法の見直し(2025年8月28日の監督指針改正):企業分野の保険契約(原則として契約者と被保険者が事業者である契約。事業活動に起因する損害を補償する損害保険では、契約者である事業者の役職員を被保険者とする契約も含みます。ただし当面、自賠責保険と地震保険は対象外)では、保険仲立人が手数料を顧客、保険会社、またはその双方に請求できるようになりました。保険会社から手数料を受け取る場合は、顧客から求められたときにその金額または保険料に占める割合を開示します。また、保険会社や保険持株会社との間に人的・資本的関係や利害関係がある場合は、その旨をあらかじめ顧客に開示する必要があります。顧客と保険会社の双方に請求する場合は、これらに加えて、媒介業務の契約前に双方へ請求することを顧客へ説明し、保険会社が保険料を決定する前に、顧客から受け取る手数料額を保険会社へ開示する必要があります。
- 新規参入のハードルを下げる(改正保険業法・政令):仲立人が供託する保証金の最低額が、2,000万円から1,000万円に引き下げられました。
- 代理店との協業を一定の条件で可能に:仲立人と保険代理店が同一の保険契約を共同で取り扱えるようになりました。ただし両者の立場の違いや業務分担を事前に明確にし、保険仲立人は顧客から、保険代理店は保険会社から、原則として文書等で同意を得る必要があります。
- 海外直接付保の許可手続での活用:日本に免許を持たない外国保険業者への直接付保は引き続き原則禁止で、一定の例外を除いて個別の許可が必要です。改正により、仲立人が許可対象となる契約を媒介し、国内で同等の保険を調達できないことなど許可要件の調査を支援できるようになりました。
- 不祥事件の届出義務の新設:活用を広げると同時に、当局によるモニタリングを強める措置も入りました。
見直しの数値や時期はワーキング・グループ報告書と金融庁の公表資料によります。制度は動き始めたばかりで、細目は今後も調整される可能性がある点はご留意ください。
リスクファイナンスの視点で見ると
リスクファイナンス(リスクへの財務的な備え)の中心は、大きく分けて①リスクの移転(保険などで外に移す)と②リスクの保有(自社の手元資金などで受け止める)の2つです。よく言われる「③軽減(減らす)」は、厳密にはリスクコントロールの領域で、実務では①〜③を組み合わせて考えます。ここで大事なのは、保険を「どこで買うか」の前に、「どこまで自分で持ち、どこから移すか」という設計があるということです。
金融庁の「企業のリスクマネジメントの高度化に向けた検討会」報告書でも、保険仲介者(代理店・仲立人)には、単に保険を媒介するだけでなく、顧客がリスクの保有と移転のバランスを最適化できるよう支援する役割が期待される、と指摘されています。つまり今回の改正は、「安い保険を探す」話にとどまらず、自社のリスクの持ち方そのものを見直すきっかけにもなり得る、ということです。もっとも、仲立人は数が少なく、すべての地域・分野をカバーしているわけではありません。地域密着の相談体制や事故発生時の対応支援を強みとする代理店もあります。どちらが正解と決めつけず、「自社の保険は誰の立場で、何を基準に選ばれているか」を一度確認してみることが出発点になります。
石垣島や沖縄の離島のように、台風・高潮といった自然災害のリスクが大きく、かつ本土とは条件が異なる地域では、「横並び」ではなく自社の実態に合った補償設計の必要性が特に大きいと感じます。情報が届きにくい場所ほど、選択肢を知っておくこと自体が備えになります。
自社で書き出してみる問い
答えを出す前に、まず現状を言葉にしてみてください。
- 自社の保険は、いつ・誰の提案で・何を基準に決めましたか。ここ数年、中身を見直しましたか。
- いま入っている保険は、「移転すべきリスク」と「自社で保有できるリスク」を区別したうえで選ばれていますか。
- 保険料が上がったとき、補償の中身と価格を、他の選び方(代理店・仲立人・複数社比較)と比べたことがありますか。
- 自社の立地や事業に固有のリスク(自然災害・取引先集中・設備など)は、いまの補償で十分に見えていますか。
まとめ ― 「任せきり」を一度ほどいてみる
今回の一連の問題は、裏を返せば「一部の企業向け保険市場では、健全な競争が十分に機能しにくい構造があった」ことを映し出しました。今回の法令・監督指針の一連の見直しは、その構造に手を入れ、保険仲立人という選択肢に光を当てています。すぐに乗り換える必要はありません。まずは、自社の保険が「どんな立場の人に、どんな基準で選ばれているのか」を知り、リスクの移転と保有のバランスを自分の頭で点検してみる。制度が変わったいまは、その足場を確かめるのにちょうどよいタイミングです。
参考資料
- 金融庁「大手損害保険会社に対する行政処分について」(保険料調整行為等に対する業務改善命令、2023年12月26日)
- 公正取引委員会「損害保険会社らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令等について」(2024年10月31日)
- 金融庁「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議 報告書」(2024年6月25日)
- 金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ 報告書」(2024年12月25日)
- 金融庁「令和7年保険業法改正」関連資料(政令・内閣府令等の公布および監督指針等の改正。2026年6月1日施行・適用)
- 金融庁「企業のリスクマネジメントの高度化に向けた検討会 報告書」
- 一般社団法人日本保険仲立人協会(JIBA)ウェブサイト(保険仲立人の役割・仕組み)
本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社・保険代理店・保険仲立人・税理士等の専門家にご相談ください。
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