2026年10月1日から、事業主は「カスタマーハラスメント(カスハラ)」への対策を法律上の義務として求められることになりました。改正された労働施策総合推進法などにより、事業主は相談窓口の設置や対応方針の明確化といった措置を講じなければなりません。この記事では、そもそも何が義務になったのか、統計から見えるカスハラの広がり、そしてカスハラが会社の「お金」にどう効いてくるのかを、リスクファイナンス(リスクへの財務的な備え)の視点で整理します。読み終えたとき、自社の備えを点検する視点を持ち帰っていただくことがゴールです。

2026年10月、何が「義務」になるのか

厚生労働省の資料によると、改正労働施策総合推進法などにもとづき、2026年(令和8年)10月1日から、事業主にはカスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上の措置が義務づけられます。ここでいうカスハラとは、①顧客等の言動であって、②社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、という3つの要素をすべて満たすものと整理されています。電話やSNSなどインターネット上の言動も含まれ、「顧客等」には取引の相手方や施設の利用者なども広く含まれるとされています。

事業主が講ずべき措置として、厚生労働省は、毅然とした対応方針の明確化と周知、相談窓口の設置、事実関係を迅速かつ正確に確認したうえでの対応、被害を受けた労働者への配慮、プライバシーの保護や不利益取扱いの禁止といった内容を示しています。注意したいのは、これは「クレームをすべて拒む」ことを求めるものではないという点です。正当な要望・意見と、許容範囲を超えた言動とを切り分け、後者から従業員を守る体制をつくることが求められています。企業規模による段階的な猶予は設けられていないため、中小企業も2026年10月1日の施行時点で対応が必要です。

数字で見るカスハラの広がり

厚生労働省の委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度、2023年12月〜2024年1月実施)では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)を受けたと回答した労働者は10.8%でした。同じ調査でパワハラは19.3%、セクハラは6.3%とされており、パワハラほどではないものの、カスハラは決してまれな出来事ではないことがうかがえます。カスハラを受けた人の心身への影響としては、「怒りや不満、不安を感じた」が63.8%、「仕事に対する意欲が減退した」が46.1%と報告されています。

見過ごせないのが、労災(労働者災害補償)とのつながりです。厚生労働省の「過労死等の労災補償状況」によると、2024年度に精神障害について労災の支給決定がされた件数は1,056件で、初めて1,000件を超え、過去最多となりました。出来事別の支給決定件数では、「上司等からのパワーハラスメント」が224件、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が108件でした。背景として、2023年9月に精神障害の労災認定基準が改正され、「顧客等からの著しい迷惑行為」が心理的負荷を評価する出来事として明確に位置づけられたことがあります。カスハラは、いまや労災という制度のうえでも正面から扱われるテーマになっています。

石垣島をはじめ沖縄・離島では、宿泊・飲食・小売など対面の接客業が地域経済の中心です。観光客や利用者と直接向き合う仕事が多いぶん、カスハラのリスクにさらされる従業員も少なくありません。人手の確保がただでさえ難しい島では、人材の代替が難しい職場ほど、一人の休職や離職でも営業や人員配置に大きな影響が及ぶことがあります。

カスハラは会社の「お金」にどう効いてくるか

カスハラを「従業員のメンタルの問題」とだけ捉えると、経営リスクとしての大きさを見誤りかねません。財務の視点でみると、影響はおおむね次の3つの経路で会社に及びます。1つ目は、休職・離職による人的コストです。経験豊富な人材が抜ければ、採用や再教育の費用に加え、現場が回らなくなることによる機会損失も生じます。2つ目は、賠償や補償のリスクです。会社には従業員が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があり、カスハラを放置して従業員が健康を損なった場合、労災の対象になったり、状況によっては会社が損害賠償を求められたりする可能性があります。ただし、措置を講じていなかったことだけで直ちに賠償責任が生じるわけではなく、会社の対応や健康被害との因果関係などを踏まえて個別に判断されます。3つ目は、対策そのものにかかるコストです。窓口の設置、マニュアル整備、研修などには、相応の手間とお金がかかります。

これらは「起きるかどうか」も「いくらになるか」も、業種や個社の状況によって幅があります。だからこそ、あらかじめ「どの経路のリスクに、どう備えておくか」を考えておく意味があります。ここで役立つのが、リスクファイナンスの考え方です。

リスクファイナンスで整理する ― 移転・保有・軽減

リスクへの備えは、大きく「移転」と「保有」という2つの財務的な柱に整理できます。移転とは、保険などを使ってリスクを外部に引き受けてもらうこと。保有とは、手元資金などで自社が引き受けることです。これに加えて、そもそも損害が起きにくくする・小さくする取り組みは、厳密にはリスクコントロール(軽減)と呼ばれる別の領域にあたります。実務では、この3つを組み合わせて備えるのが基本になります。

軽減(リスクコントロール):対策そのもの

今回の義務化で法律上求められるのは、相談体制の整備、対応方針・対処内容の明確化と周知、事後の迅速かつ適切な対応、被害者への配慮、プライバシーの保護、不利益取扱いをしない旨の周知などで、これらは「軽減」にあたります。対応マニュアルの作成や研修は、これらの措置を現場で実効的に機能させるための有効な方法という位置づけです。対応方針をあらかじめ決めておく、複数人で対応する、記録を残すといった仕組みは、従業員を守ると同時に、後々の紛争リスクや賠償リスクそのものを小さくする効果が期待できます。義務対応は、コストであると同時にリスクを減らす投資でもある、という見方ができます。

移転:保険という選択肢

それでも起きてしまった損害に備える手段として、保険の考え方を応用できます。従業員のケガや病気には政府の労災保険がありますが、その上乗せとして民間の任意労災(上乗せ補償)を用意する会社もあります。また、安全配慮義務違反などにより会社が損害賠償責任を負った場合に備える使用者賠償責任保険や、雇用に関わるトラブルに対応する保険も存在します。ただし、カスハラを原因とする精神障害が任意労災や使用者賠償責任の補償対象になるか、政府労災の認定が支払の条件となるか、雇用に関わる賠償請求や争訟費用が対象になるかは、商品や特約によって異なります。「ハラスメント対応の保険に入っている」というだけで判断せず、精神障害・業務上疾病の取扱い、対象となる請求原因、免責事由、支払限度額を確認することが大切です。どの保険が自社に合うかは、業種・従業員数・働き方によっても変わります。特定の商品が正解というわけではないので、補償の範囲や免責をよく確認し、保険会社・保険代理店・保険仲立人などの専門家と相談しながら選ぶのが安心です。

保有:手元資金という備え

保険でカバーしきれない部分、たとえば急な欠員を埋める採用費や、対応に追われる期間の人件費などは、最終的には手元資金で吸収することになります。日ごろから一定の運転資金を確保しておくことは、カスハラに限らず、あらゆる不測の事態に対する「自家保険」として働きます。

自社で書き出してみる

答えは会社ごとに違います。まずは次の問いに、自社の言葉で書き出してみてください。

  1. 自社で顧客等と直接接する場面はどこか。そこで従業員が困った経験は、これまでに実際にあったか。
  2. 「正当な要望」と「許容範囲を超えた言動」を、現場は何を基準に線引きしているか。決まっていなければ、誰が決めるか。
  3. カスハラが起きたとき、従業員は誰に、どうやって相談できるか。窓口はあるか。2026年10月までに何を整えるか。
  4. 主力の従業員が1人、1か月休んだら、売上と現場はどうなるか。金額で書けるか。
  5. その損害に対して、いまは「保険(移転)」「手元資金(保有)」のどちらで備えているか。空白はどこか。

まとめ

2026年10月のカスハラ対策の義務化は、「従業員を守る」という話であると同時に、休職・離職や賠償という形で会社の財務に効いてくる経営リスクの話でもあります。義務として求められる相談体制の整備や、対応方針・対処内容の明確化と周知などは、リスクを小さくする「軽減(リスクコントロール)」。それでも残る損害には、保険による「移転」と手元資金による「保有」を組み合わせて備える。この3つをセットで考えることが、カスハラという新しいテーマに落ち着いて向き合うための足場になります。まずは自社の接客の現場を、一度ゆっくり見渡すところから始めてみてください。

参考資料

  • 厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化」
  • 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
  • 厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」(令和5年度、2024年5月公表)
  • 厚生労働省「令和6年度『過労死等の労災補償状況』を公表します」
  • 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」(2023年9月1日施行)

本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社・保険代理店・保険仲立人・税理士等の専門家にご相談ください。とりわけ、カスハラ防止措置や労務管理については都道府県労働局や社会保険労務士、損害賠償などの法律判断については弁護士など、相談内容に応じた専門家にもあわせてご確認ください。

一般社団法人リスクファイナンス研究所では、中小企業のリスクへの備えについて初回のご相談を承っています。「自社の場合はどう考えればいいか」を一緒に整理したい方は、お気軽にお問い合わせください。