台風で会社が止まったら? ― 建物は保険で直せても「消えた売上」は戻らない
7月に入り、沖縄・石垣島は本格的な台風シーズンを迎えました。気象庁の統計によると、沖縄地方に接近する台風は8月が年間で最も多く(平年2.2個)、2024年は年間8個、2025年は7個が接近しています。台風そのものは毎年のことですが、経営者として本当に考えておきたいのは「建物や設備の損害」の先にある問題――すなわち、事業が止まっている間に売上が消えていくリスクです。
この記事では、①事業中断で実際に何が起きるのか、②休業中の利益損失を補償する保険(利益保険・休業補償)の仕組み、③保険だけではカバーしきれない部分をどう埋めるか、の3点を整理します。読み終わったとき、自社の「止まったときの数字」を書き出せる状態になることがゴールです。
建物は保険で直せても、「止まった売上」は戻らない
企業向けの火災保険(財産保険)は、契約で補償対象としている火災・風災・水災などによって建物・設備・商品等に生じた「モノの損害」を補償します。ただし、同じ台風の被害でも、強風による損害は「風災」、洪水や高潮による損害は「水災」と原因ごとに扱いが異なり、補償の対象範囲・免責金額・支払限度額は契約によって異なります。そして、モノの損害が保険で補償されたとしても、修理や再調達が終わるまでの間、事業はしばしば止まります。その間も、売上はゼロに近づく一方で、家賃・従業員の給与・借入金の利息といった固定費は待ってくれません。
日本損害保険協会の調査によると、2018年度・2019年度には風水害等による支払保険金が2年連続で1兆円を超える規模にのぼりました。これは火災保険や自動車保険など複数の保険を含む集計であり、休業による損失そのものを示す数字ではありません。むしろ、モノの損害がこれほど巨額になる災害では、復旧までの事業中断についても別途の備えが必要になることを物語っています。
リスクファイナンス(リスクへの財務的な備え)の中心は、①リスクの移転(保険などで他者に引き受けてもらう)と②リスクの保有(手元資金などで自分で受け止める)の2つです。よく挙げられる「③リスクの軽減(防災対策・BCPなど)」は、厳密にはリスクコントロールという別の領域ですが、実務ではこの3つを組み合わせて設計します。事業中断リスクは、この3つの組み合わせが最も問われるテーマです。
①移転:休業中の損失を補償する「利益保険・休業補償」
あまり知られていませんが、企業向けの損害保険には「モノの損害」だけでなく、休業によって失われた利益や、払い続けなければならない固定費を補償する保険があります。保険会社によって「利益保険」「休業補償(企業総合保険の休業補償条項)」など名称は異なりますが、基本的な考え方は共通です。
何が補償されるのか
日本損害保険協会の事業者向け情報では、火災・落雷・風災などの偶然な事故で建物や設備が損害を受け、事業が休止・阻害された場合に、休業によって生じた収益の減少や、営業を継続するための費用などを補償するものと説明されています。実際の休業損失の算定方法は商品・契約によって異なり、売上減少高に契約上の補償割合を乗じる方法や、粗利益率等を反映したうえで休業により支出を免れた経常費を控除する方法などがあります。ここでいう「粗利益」は保険契約上の用語であり、決算書上の「売上総利益」と必ずしも一致しません。営業利益に相当する部分に加え、休業中も支払いが続く人件費・家賃等の経常費を含む場合があります(利益と固定費が別々に上乗せされるわけではありません)。また、これとは別に、仮店舗や代替設備の利用など、営業継続・早期復旧のために追加で支出した費用が補償される商品もあります。なお、タイトルで「消えた売上」と表現しましたが、売上高そのものがそのまま保険金として支払われるわけではない点にはご注意ください。具体的な算定方法や対象費用は契約ごとに確認が必要です。
注意したい2つの限界
ただし、万能ではありません。第一に、補償される期間には、契約で定めた支払対象期間や復旧期間の上限があります。その長さや期間の数え方(「てん補期間」「支払対象期間」など呼び方も含め)は商品・契約によって異なり、実際の復旧に必要な期間より短ければ、上限を超えた部分の損失は補償されません。第二に、補償の引き金はあくまで「保険の対象となる事故によるモノの損害」であることが多く、たとえば自社は無傷でも停電や物流停止で営業できない、仕入先や納品先が被災した、といったケースが対象になるかは契約条件によります(別途の特約が必要となる場合があります)。地震・噴火・津波による休業は、別途の特約や地震関連の補償がなければ対象外となるのが通常です。加入を検討する際は、「どんな原因で」「どこまでの期間」「何が」補償されるのかを、契約ごとに確認する必要があります。
②保有:手元資金は「自分にかける保険」
保険金は、請求から支払いまでに時間がかかることがあります。損害の調査や書類のやり取りが必要だからです。その間の資金繰りを支えるのは、結局のところ手元資金です。固定費の何か月分を現預金で持つかは業種や借入状況によって異なり、一概に「何か月分が正解」とは言えませんが、「事業が止まっても、固定費を払いながら復旧を待てる月数」を自社で決めておくことが、リスク保有の設計そのものです。
保険の免責金額(自己負担額)を大きくして保険料を抑え、その分を手元資金の積み増しに回す――という考え方も、移転と保有の組み合わせの一例です(免責金額を選択できるかは商品ごとに異なります)。また、災害直後は保険金の支払いより先に修繕費や給与の支払いが来ることが多いため、現預金だけでなく、当座貸越や災害時の融資枠など「いざというとき借りられる枠」を平時に確認しておくことも、保有の設計に含まれます。どれが有利かは個社の財務状況によりますので、比較しながら検討してみてください。
リスクコントロール:BCPは「大企業のもの」ではない
帝国データバンクが2026年6月に公表した調査によると、BCP(事業継続計画)の策定率は全体で21.4%と過去最高を更新しました。ただし中小企業に限ると18.3%にとどまり、大企業(39.9%)との規模間格差は依然として大きい状況です。策定しない理由は「スキル・ノウハウがない」「人材を確保できない」「時間を確保できない」が上位で、つまり多くの経営者は「必要だとは思うが、手が回らない」のが実情です。
そこで足がかりになるのが、中小企業庁の「事業継続力強化計画」(通称ジギョケイ)です。本格的なBCPよりも簡易な様式で、国の認定を受けると、防災・減災設備投資への税制措置(中小企業防災・減災投資促進税制による特別償却)や補助金の加点、日本政策金融公庫の低利融資(沖縄県では沖縄振興開発金融公庫による対応)などの支援策の対象になり得ます。ただし、認定を受ければ自動的に適用されるわけではなく、対象設備・期限などの要件が制度ごとに定められています。累計認定件数は2026年5月末時点で99,860件(うち沖縄県694件)にのぼり、中小企業の「BCPはじめの一歩」として定着しつつあります。
島だからこそ、「止まる期間」は長くなる
石垣島をはじめ離島の場合、この問題にはもう一段の重みがあります。台風で船や飛行機が止まれば、修理業者も資材も島に届くまで時間がかかり、本土の同規模企業より休業期間が長期化しやすいのです。観光関連であれば、繁忙期に直撃されたときの売上減少は年間収益を左右します。「てん補期間は何日あれば足りるか」「固定費何か月分の現預金が要るか」という問いへの答えは、島では本土より大きめに見積もる必要がある――これが、島で暮らす者としての実感です。
自社で書き出してみましょう
答えはお渡ししません。代わりに、自社の数字で考えるための設問を置いておきます。紙に書き出すだけで、自社の事業中断リスクの輪郭がかなり見えてくるはずです。
- 自社の事業が最も止まりやすい原因は何か(台風・火災・停電・物流停止・システム障害など)。それは何日くらい続きそうか。
- 1か月休業した場合、売上高はいくら減り、仕入代金など支出せずに済む変動費はいくらか。そこから見えてくる収益の減少額と、休業中も支払いが続く固定費(人件費・家賃・利息など)の内訳を把握しているか。
- いまの現預金と、災害時にも利用できることを確認した融資枠とで、売上が大幅に減った状態を何か月支えられるか。
- 現在加入している保険は「モノの損害」だけか。休業損失を補償する契約(利益保険・休業補償)はあるか。あるなら、てん補期間と補償の引き金は何か。
- 事業継続力強化計画(ジギョケイ)の認定を受けるとしたら、最初に決めるべき「初動対応」は何か。
まとめ:モノの復旧と、カネの継続は別の問題
事業中断リスクへの備えは、「モノを直す保険」だけでは完結しません。休業中の利益と固定費をどう賄うか――保険で移転する部分、手元資金で保有する部分、BCPやジギョケイで被害と休業期間そのものを抑える部分。この3つの配分を自社の数字で決めることが、台風シーズン前にできる最も実践的な準備です。完璧な計画でなくて構いません。まず設問1つ分だけでも、書き出すところから始めてみてください。
参考資料
- 気象庁「沖縄地方への台風接近数」「台風の平年値」
- 日本損害保険協会「事業中断・利益減少のリスク(企業のための保険ナビ)」「近年の風水害等による支払保険金調査結果」
- 帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2026年)」(2026年6月25日公表)
- 中小企業庁「事業継続力強化計画」認定制度の概要・地域別認定件数一覧(2026年5月末日時点)
本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社・保険代理店・保険仲立人・税理士等の専門家にご相談ください。
自社の事業中断リスクや保険の整理について相談したい方は、当研究所の初回相談(無料)をご利用ください。