台風が過ぎたあと、倒れたビニールハウスは保険で建て直せても、その年に穫れるはずだった作物と、そこから入るはずだった「売上」は戻ってきません。建物や機械の損害を直す備えと、収入そのものが落ち込んだときの備えは、別ものです。この記事では、農業者向けの公的なセーフティネットである「収入保険」を、①どんな制度か、②リスクファイナンス(リスクへの財務的な備え)の考え方でどう位置づけられるか、③使うときに気をつけたい点、という順で、なるべく専門用語を噛み砕いて整理します。台風の通り道であり、農業が基幹産業でもある沖縄・離島にとっては、とりわけ身近なテーマです。

台風が来たら、「消えた売上」は戻ってくるか

建物・機械などを保険の対象とする火災保険や園芸施設共済は、主に壊れた施設や設備の復旧に備えるものです。事業用の火災保険には休業損失を補償できる商品もありますが、天候不順で収穫量が落ちた、豊作で市場価格が下がった、病気で出荷できなかった——こうした事情で「農業経営全体の売上」が減った分を幅広く補うのは、また別の仕組みです。石垣島をはじめとする離島の農業は、さとうきび・野菜・果樹・花きなど品目が多彩な一方、台風や長雨といった気象リスクに毎年さらされます。「今年は穫れなかった」「値が付かなかった」で一年の収入が大きく揺れる。この販売収入の振れ幅そのものに備える制度が、収入保険です。

収入保険とは何か ― 超入門

収入保険は、品目ごとではなく、農業者が自ら生産・販売した対象農産物の販売収入を、経営全体でまとめて見て、収入が落ち込んだときに補てんする制度です(ただし、作業受託料や一般的な補助金、一部の畜産品目などは対象収入に含まれません)。運営は全国農業共済組合連合会(NOSAI全国連)で、加入や相談の窓口は各地域の農業共済組合(NOSAI)が担います。沖縄県ではNOSAI沖縄が窓口です。加入できるのは青色申告を行っている農業者(個人・法人)で、前年1年分の青色申告実績があれば申し込めます(白色申告の方は青色に切り替えれば翌年から加入可能です)。

補てんの基本的な考え方はこうです。まず、過去の青色申告実績の平均を基本とし、経営面積の増減や収入の傾向なども考慮して「基準収入」を設定します。補償限度の上限は青色申告実績の年数によって異なり、実績が5年あれば90%、4年なら88%、3年なら85%、2年なら80%、1年なら75%です。実績が5年あり、補償限度90%・支払率90%の最大補償を選んだ場合には、保険期間(1年間)の収入が基準収入の9割を下回ると、その差額の9割を上限に補てんされます(支払率も上限であり、実際には保険方式では9割から5割までの範囲で選びます)。農林水産省の試算では、基準収入1,000万円・最大補償の方の収入が700万円に落ちたとき、900万円を下回った200万円の9割にあたる180万円が補てんされる、とされています。自然災害による収量減や価格低下だけでなく、災害で作付けができない、病気で収穫できないなど、「農業者の経営努力では避けられない収入減少」を幅広く対象にするのが特徴です。

たとえば、基準収入1,000万円で最大補償(補償限度90%・支払率90%)の方の収入が、タイトルどおり500万円まで半減した場合。補償限度額900万円を下回った400万円の9割にあたる360万円が補てんされます。実際の収入と合わせても860万円で、減った分がすべて戻るわけではありません。だからこそ、保険で埋める部分と、自前の資金で持つ部分を分けて考えることが大切になります。

リスクファイナンスで見ると「移転」を基本に「保有」も選べる

リスクへの財務的な備え(リスクファイナンス)は、大きく①移転(保険などで、いざというときの負担を外に肩代わりしてもらう)と②保有(手元の資金や積立で自前でしのぐ)の二つが中心です。よく並べて語られる「③軽減」——たとえば排水対策や品種の分散、ハウスの補強——は、厳密にはリスクそのものを小さくする「リスクコントロール」の領域で、財務的な備えとは区別されます。実務では、この三つを状況に応じて組み合わせて考えます。

おもしろいのは、収入保険が「移転」を基本にしつつ「保有」も一つの制度の中で選べる設計になっている点です。補てんの受け皿には、掛け捨ての保険で備える「保険方式」(=移転)と、積み立てたお金で備える「積立方式」(=保有)があり、両方を併用する「積立方式併用タイプ」か、青色申告実績などに応じた補償限度の範囲内で保険方式だけで最大9割まで補償する「保険方式補償充実タイプ」かを選べます。積立方式では、加入者負担分に国庫補助を加えた積立てを原資として補てんします。積立金は加入者自身の資産で、補てんに使われなければ翌年に持ち越されます。ただし積立金には75%の国庫補助があるため、純粋な自己資金だけによるリスク保有とは少し異なり、公費で大きく支えられた仕組みだと理解しておくとよいでしょう。さらに、補償の下限(基準収入の7割・6割・5割)を選ぶと保険料を抑えられます(そのかわり、下限を下回った部分は補償されません)。つまり、制度で用意された選択肢の範囲内で、「どこまでを保険に任せ、どこからを自前の資金で持つか」を農業者が選べる。これはまさに、リスクファイナンスの考え方がそのまま形になった仕組みだと言えます。

数字で見る ― 国の補助と、広がる加入

収入保険は国の制度であるため、負担の一部を国が補助します。農林水産省によると、保険料には50%、積立金には75%、事務費(付加保険料)には50%以内の国庫補助があります。積立金への補助率が高いのは、いざというときに自前でしのぐ「保有」の部分を国が後押ししている、と読むこともできます。保険料率は自動車保険と似た仕組みで、保険金の受取実績に応じて毎年上下し、基礎となる料率は3年ごとに改定されます。直近では令和7年(2025年)契約から新しい料率が適用されました(実際の負担額は個々の加入内容や地域補助の有無で変わります)。

加入は年々広がっています。農林水産省の「収入保険データ集」(令和8年1月末時点)によると、令和7年の加入経営体は10万3,441経営体(うち法人は1万612経営体)で、令和6年の9万9,128経営体から引き続き増えています。都道府県別に見ると、沖縄県の令和7年の加入者は769経営体で、青色申告を行う農業経営体に対する割合は23.4%(全国は29.8%)です。台風常襲地帯で気象リスクの大きい沖縄・離島の農業にとって、まだ伸びしろのある、検討する価値の高い選択肢と言えるでしょう。

使うときに気をつけたい3つのこと

第一に、加入には青色申告が前提です。日々の取引を帳簿に残す手間はありますが、個人の農業者の場合、青色申告には要件に応じて青色申告特別控除を受けられるなどの税制上のメリットがあります。65万円の控除を受けるには、複式簿記・期限内申告・e-Taxによる申告または優良な電子帳簿の保存などの要件を満たす必要があり、要件によっては55万円や10万円になる場合もあります(なお、法人にはこの青色申告特別控除はありません)。「稼げる農業」を目指すなら、記帳は備えと経営分析の土台になります。

第二に、収入保険は類似制度とは原則どちらか一方を選ぶ「選択加入」という点です。収入減少を補てんする農作物共済・畑作物共済・果樹共済の収穫共済、ナラシ対策、野菜価格安定制度などは、収入保険と選択加入になります。一方で、園芸施設共済の施設本体部分、果樹共済の樹体共済、家畜共済の固定資産・病傷共済など、同時に加入できる補償もあります。また、肉用牛・肉用子牛・肉豚・鶏卵は収入保険の対象品目ではありませんが、これらと他の農産物を組み合わせた複合経営では、他の農産物について収入保険に加入できる場合があります。自分の経営にどの組み合わせが合うかは、単純比較では決まりません。

第三に、税務上の扱いにも目配りが要ります。保険料・付加保険料(事務費)は保険期間の必要経費(法人は損金)に、積立金は「預け金」として資産に計上します。受け取った保険金や、特約補てん金のうち国庫補助相当分は、実際に受け取った年ではなく、原則として対象となった保険期間の年(法人は事業年度)の収入(益金)に算入します。補てん金額が確定申告後に決まる場合は見積額で申告し、実際の支払額との差額が少額であれば翌年(翌事業年度)で調整できる取扱いもあります。資金繰りと税の両面から考えておくと安心です。なお、補てん金の受け取りまでのつなぎとして、NOSAI全国連から無利子のつなぎ融資(受取見込額の8割が上限)を受けられる仕組みもあります。

自社で書き出してみる問い

  1. この5年間、自社(自園)の年間の農業収入は、いちばん多い年といちばん少ない年でどれくらい差がありましたか。その振れ幅を数字で書き出せますか。
  2. 収入が3割落ちた年でも、当面の生活費・返済・翌年の資材代を回せる手元資金は、いま何か月分ありますか。
  3. その落ち込みのうち、「保険(移転)」で外に預けたい部分と、「積立・手元資金(保有)」で自前で持ちたい部分を、どの割合で分けますか。
  4. いま加入している農業共済や価格安定制度と収入保険を比べると、自分の品目構成ではどちらが合いそうですか。青色申告はできていますか。

まとめ

収入保険は、壊れたモノではなく、対象農産物の販売収入の落ち込みに備える制度で、保険(移転)を基本に積立(保有)も自分で配分して設計できる、リスクファイナンスの考え方がそのまま形になった仕組みです。国庫補助があり、加入も広がっています。とはいえ、どのタイプ・どの補償水準が合うかは、収入の振れ方・資金繰り・他制度との関係・税務まで見て、一社ごとに判断するものです。答えを急がず、まずは自社の数字を書き出すところから。台風シーズンが本格化するこの時期こそ、「消えた売上にどう備えるか」を考える良い入り口になります。

参考資料

  • 農林水産省「農業経営の収入保険(詳細)」 https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/syunyuhoken/syousai.html
  • 農林水産省「農業経営の収入保険」 https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/syunyuhoken/
  • 農林水産省 経営局保険課「収入保険データ集(令和8年1月末時点)」 https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/toukei_zisseki.html
  • 国税庁「農業経営収入保険に係る税務上の取扱いについて(情報)」 https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/180406/index.htm
  • NOSAI沖縄(沖縄県農業共済組合)「収入保険」 https://nosai-okinawa.jp/syunyuhoken/

本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社・保険代理店・保険仲立人・農業共済組合(NOSAI)・税理士等の専門家にご相談ください。

当研究所では、収入保険を含む「収入の振れへの備え」を、保険(移転)と手元資金・積立(保有)の配分という視点から整理するお手伝いをしています。初回のご相談は無料です。お気軽にお問い合わせください。