南海トラフ地震臨時情報は、「避難するかどうか」だけの話ではありません。中小企業にとっては、売上が止まる期間、従業員の安全、仕入れや物流、保険で出るお金、手元資金で耐えるお金を、一度に考えるきっかけになります。避難や備蓄の話はよく目にしますが、「お金」と「事業を止めない準備」の話は意外と語られません。この記事では、臨時情報が出たときに中小企業が財務面でできることを、制度のしくみから順に整理します。答えを押しつけるのではなく、自社で考えるための足場をお渡しするつもりで書きました。

そもそも「南海トラフ地震臨時情報」とは

南海トラフ地震臨時情報は、南海トラフ沿いで大きな地震が起きるなど、次の地震(後発地震)の可能性が普段より相対的に高まったと評価されたときに、気象庁が発表する情報です。2019年(令和元年)5月から運用が始まりました。情報は状況に応じて、「調査中」「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」の4つのキーワードのいずれかを付けて発表されます(出典:気象庁、政府広報オンライン)。

大まかに言えば、南海トラフの想定震源域内のプレート境界でモーメントマグニチュード8.0以上の地震が起きた場合などに「巨大地震警戒」、監視領域内でモーメントマグニチュード7.0以上の地震が起きた場合や、通常と異なるゆっくりすべりが観測された場合などに「巨大地震注意」が出されます(出典:気象庁)。ここで大切なのは、臨時情報は「地震が必ず来る」という予知ではないということ。あくまで「普段よりは可能性が高まっている状態」を知らせるものです。過度に不安を煽られる必要はありませんが、「何もしないで済む合図」でもありません。実際に、2024年8月には運用開始後はじめて「巨大地震注意」が発表されました。制度は机上の話ではなく、すでに現実に使われ始めています。

臨時情報=地震予知ではない。「普段より可能性が高まっている」ことを知らせ、その間に準備を再確認するための時間を与えてくれる情報、と捉えるのが実務的です。

対応期間は「1〜2週間」を想定する

「巨大地震警戒」が出た場合、国は対象地域の自治体などに対し、あらかじめ定めた警戒対応を1週間とるよう求めます。地震発生後の避難では間に合わないおそれのある人は、この1週間、事前避難が呼びかけられます。その後さらに1週間は、「巨大地震注意」に応じた備えを続ける流れが基本です。一方、「巨大地震注意」の場合は、原則として1週間、日頃からの地震への備えを再確認する期間と考えられます(出典:内閣府、気象庁)。

つまり企業から見ると、臨時情報は「一定期間、いつもと違う体制で事業を回す」ことを想定した情報だといえます。工場や店舗を止めるのか、続けるのか。従業員を出社させるのか、在宅にするのか。この期間をどう乗り切るかは、まさに事業継続計画(BCP=Business Continuity Plan、非常時にも事業を続ける・早く復旧するための計画)の出番です。そして事業を止めれば、その間の売上は減っても人件費や家賃は出ていきます。ここで効いてくるのが「手元資金」です。

2025年に更新された「被害想定」と「発生確率」

数字の前提も新しくなっています。内閣府は2025年3月31日、約13年ぶりに南海トラフ巨大地震の被害想定を見直しました。最悪ケースで死者は最大約29万8000人、建物の全壊・焼失は最大約235万棟、経済的な被害・影響額は最大約292兆円とされています(出典:内閣府、2025年3月被害想定)。前回の想定で示されていた経済被害約220兆円から大きく増えており、建設費の高騰や被害想定手法の見直しも含め、被害の広がりがあらためて示された形です。

発生確率についても、政府の地震調査委員会が2025年に長期評価を一部改訂しました。2025年1月1日を基準日とする今後30年以内の発生確率は、計算方法により「20〜50%」または「60〜90%程度以上」と併記されています。地震調査研究推進本部は、防災対策を進めるうえでは「60〜90%程度以上」を強調するのが望ましいとしています(出典:地震本部・地震調査委員会)。数字に幅があるのは、予測の不確かさを反映したものです。重要なのは、確率の数字に一喜一憂することではなく、「不確実だが、備える価値は十分にある」と受け止めることだと考えています。

「お金の備え」はリスクファイナンスで考える

ここからが私たちの本題、リスクへの財務的な備え(リスクファイナンス)です。地震リスクへの財務的な備えは、大きく①移転(保険などで外部に引き受けてもらう)②保有(自社の手元資金などで受け止める)の2つが中心です。耐震補強や設備固定のような「被害そのものを小さくする対策(③軽減)」も重要ですが、これは厳密にはリスクコントロールの領域にあたります。実務では、この3つを組み合わせて考えるのが基本になります。

①移転:「住宅用の地震保険」と「事業用の地震補償」を分けて考える

見落とされがちですが、通常の火災保険では、地震・噴火・津波を原因とする損害は補償されないのが一般的です。地震で発生した火災による損害も同様です。ただし、国の地震保険制度は、主に居住用建物と家財を対象とする制度です。工場、事務所専用建物、店舗専用建物、業務用設備、什器、商品・在庫などは、原則としてこの地震保険の対象ではありません(出典:財務省「地震保険制度の概要」)。

事業用の建物・設備・在庫・休業損失に備えるには、企業向け火災保険に付帯する地震危険補償特約、地震拡張担保、利益保険、休業補償、BCP関連の補償などを個別に確認する必要があります。つまり、中小企業が見るべきポイントは「地震保険に入っているか」だけではなく、「地震・津波・地震火災で、事業用資産と休業損失がどこまで補償されるか」です。

なお、住宅用の地震保険では、保険金額は火災保険金額の30〜50%の範囲内で設定され、建物は5,000万円、家財は1,000万円が上限です(出典:財務省)。一方、事業用の建物・設備・在庫・休業損失については、別途、企業向けの地震補償や休業補償の有無・限度額・免責金額を確認する必要があります。地震保険(住宅用)は全額が出る設計ではないため、「再建をゼロからではなく、少し楽に始めるための資金」と理解しておくとよいでしょう。また、臨時情報が出てから慌てて手続きしても、補償開始時期や引受条件によっては、期待した備えにならない可能性があります。地震リスクへの保険対応は、平常時に確認しておくべきものです。

②保有:一定期間を耐える「手元資金」

臨時情報で事業を1〜2週間縮小・停止した場合、その間の固定費(人件費・家賃・リース料など)は保険では埋めきれない部分が残りがちです。ここを支えるのが手元の現預金です。まずは、次の式でざっくり確認できます。

手元現預金 ÷ 1か月あたりの固定費 = 何か月耐えられるか

ここでいう固定費には、人件費、家賃、リース料、借入返済、最低限の仕入・外注費を含めて考えると実態に近くなります。「何か月分の固定費を現金で持っておくか」は、業種・季節変動・借入状況によって大きく変わるため一律の正解はありません。ただ、臨時情報という具体的な場面を思い浮かべながら自社の必要額を見積もっておくことには、大きな意味があります。

石垣島・沖縄から見ると

先島諸島は南海トラフの想定震源域からは離れていますが、「うちには関係ない」とは言い切れません。津波は遠くの地震でも到達する可能性がありますし、南海トラフ地震が本州・九州・四国の生産や物流を止めれば、離島の商品、資材、観光、航空・海運にも影響が及ぶ可能性があります。臨時情報が出た1〜2週間、島に何が届きにくくなるか、観光予約や仕入れにどんな影響が出るかを一度想像してみる価値があります。

一方で、住宅用地震保険の保険料率では、沖縄県は全国で最も高い区分ではなく、2等地に分類されています(出典:財務省「地震保険の基本料率」)。想定震源域から離れているからといって無関係と決めつけるのではなく、住宅用地震保険・事業用の地震補償・手元資金を分けて検討することが大切です。

自社で書き出してみる問い

  1. 臨時情報(巨大地震警戒)が出たら、当社は「1週間」どの業務を止め、どの業務を続けますか。誰が判断しますか。
  2. その1〜2週間、売上が大きく減っても固定費を払い続けられる現預金は、いま何か月分ありますか。
  3. 自社の建物・設備・什器・在庫は、地震・津波・地震による火災で損害を受けたとき、どの保険・特約で、いくらまで補償されますか。火災保険、地震危険補償、休業補償、利益保険の区別を説明できますか。
  4. 従業員とその家族の安否確認は、どの手段で、誰が起点になって行いますか。
  5. 仕入先・外注先・物流が止まったとき、代替の調達先や連絡先を書き出せますか。

まとめ

南海トラフ地震臨時情報は、「地震が来る合図」ではなく、「準備を再確認するための時間」を与えてくれる情報です。そして臨時情報が出てからできることの多くは、平常時の準備で決まってしまいます。事業を止めるかどうかの判断基準(BCP)、一定期間を耐える手元資金(保有)、地震・津波に備える保険・補償(移転)。この3つを、数字の幅を受け止めながら少しずつ点検しておく――それが、不安を行動に変える一番の近道だと考えています。

参考資料

  • 気象庁「『南海トラフ地震臨時情報』が発表されたときの防災対応」「南海トラフ地震に関連する情報について」
  • 政府広報オンライン「南海トラフ地震に備えよう!南海トラフ地震臨時情報が発表されたら?」(2025年)
  • 内閣府(防災担当)「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」(令和7年8月改訂)/南海トラフ巨大地震の被害想定(2025年3月31日公表)
  • 地震調査研究推進本部・地震調査委員会「南海トラフの地震活動の長期評価(一部改訂、2025年)」
  • 財務省「地震保険制度の概要」「地震保険の基本料率」

※被害想定・発生確率の数値は公表時点のものであり、今後の評価更新により変わる可能性があります。発生確率の「幅」は予測の不確かさを反映したもので、地震の切迫度そのものを保証・否定するものではありません。保険・特約の対象範囲や限度額、引受条件は保険会社・契約により異なります。

本記事は一般的な情報提供であり、個別の保険契約・税務判断・資金繰り・投資判断等を助言するものではありません。実際の判断は、自社の状況に応じて、保険会社、保険代理店、保険仲立人、税理士、中小企業診断士、防災・BCPの専門家等にご相談ください。

一般社団法人リスクファイナンス研究所では、南海トラフ地震臨時情報を「自社ならどう動くか」に落とし込むための初回相談を承っています。相談の前に、保険証券、直近の試算表、月次固定費、借入返済予定表、主要仕入先・外注先リストを手元に置いておくと、臨時情報が出たときの資金繰りと補償の穴を具体的に確認しやすくなります。まずはお気軽にお問い合わせください。